,① 承教寺門前の「こりゃなんだ像」

承教寺 東京都港区高輪2-8-2     写真はクリックで拡大できます

承教寺の門前に、 三遊亭円丈師匠がその著「THE 狛犬コレクション」の中で、 「な、な、何なんだ?これは?」と題した、一対の像があります。  円丈 師匠だけではなく、この像を見た人は皆、混乱をきたして、うろたえてさえいるように思えます。私もその一人です。今回は、この像を取り上げて、「」と「」に分けてチェックしてみました。でも、「何の像か」の結論は出せませんでした。

 

承教寺門前の「こりゃなんだ像」      昭和7(1932)年4月奉納

左右r03

 

顔のチェック

似たような、癖(くせ)のある顔を並べて較べてみました。写真:上左は「こりゃなんだ」像、上右は獅子、下の左右は虎。いずれの顔とも違い、獅子とも虎ともいえません。                        しかし、この像の顔は、牙もあり耳の形も違うことなどから、人間の顔の筈はないのに、見ているうちに、入道や頑固オヤジ、隈取(くまどり)した歌舞伎役者の顔が浮かんでくるから不思議です。

顔-4者比較r03 上右:獅子、乗蓮寺 東京都練馬区赤塚
下左:虎、天現寺 東京都港区南麻布       下右:虎、鳳来山東照宮 愛知県新城市門

 

体のチェック

蹄(ひずめ)のある足を折り曲げて腹這い状になった感じが臥牛を連想させますが、牛に似ているのは足のみ、尻尾は牛とは異なり、角(つの)もなく、狛犬コレクションで円丈師匠が言われているとおり牛とは断定できません。また、このような蹄をもつ動物は、下掲のようにウマ、シカ、イノシシなどもいます。要は、足はともかく、体は、牛、馬、鹿、猪のいずれでもありません。

牛 DSCF1141r40r02 

 

 

 

 

 

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牛・馬・鹿・猪r03####

 上段左:牛、山田天満宮(名古屋市北区山田町) 上段右:牛、柳津虚空蔵尊(円蔵寺・福島県河沼郡柳津町)
下段左:馬、成田山参道(葉県成田市) 下段中:鹿、大宮前・春日神社(東京都杉並区宮前) 下段右:猪、足立山妙見宮(福岡県北九州市小倉北区妙見町)

 

結論

この像は、既存の動物、霊獣などを組み合わせた、合成生物・獣ではなさそうです。作者が独自に創作・デザインした、何らかの像「こりゃなんだ像」としか言いようがないのではないかと思われます。結局、何の像か判らず、無意味な検討をして徒労に終わりました。でも、この像には、奇妙な迫力があり、一度見たら忘れられない像です。


② 件(くだん)

エジプトの「スフィンクス」は、頭巾を付けたファラオ(王)の顔とライオンの体を持つ合成獣(キメラ)で架空動物です。これらの合成獣(キメラ)は、初めて見れば、すべて「こりゃなんだ像」です。ところで、前項の承教寺門前の「こりゃなんだ像」が、仮に人の顔と牛の体を持つ「人面牛身像」だったら、件」と書いて「くだん」と読む怪物(怪獣)で、日本各地にその目撃談もあって実在する動物だとのことです。なお、件という字自体が人と牛で構成されています。

 

件(くだん)とは

件(くだん)は、古くから日本各地で知られる妖怪。「件」の文字通り、半人半牛(顔は人間で体は牛)の姿をした怪物(怪獣)として知られている。

幕末頃に最も広まった伝承では、牛から生まれ、人間の言葉を話すとされている。生まれて数日で死ぬが、その間に作物の豊凶や流行病、旱魃、戦争など重大なことに関して様々な予言をし、それは間違いなく起こる、とされている。また件(くだん)の絵姿は厄除招福の護符になるという。

江戸時代から昭和まで、西日本を中心に日本各地で様々な目撃談がある。

                               (以上、ウィキペディア からの要約・引用)

 

下の瓦版には、天保七年(1836)に現れた件(くだん)について次のように記されています。 

倉橋山の件(くだん)を描いた瓦版

Mt_Kurahashi_Kudan 件(くだん)r02

 

大豊作を知らす件(くだん)という獣(けもの)なり 天保七年(1836)十二月、丹波の国の倉橋山の山中に、図のように、体は牛、顔は人に似た件(くだん)という獣が現れた。これ以前にも、宝永二年(1705)の十二月に件(くだん)が現れ、その翌年より豊作が続いたと古書に載っている。件という文字は人偏(にんべん)に牛と書いて件(くだん)と読む。件は(云ったことが必ずその通りに起こる)正直な獣なので、證文(しょうもん)の終わりに「如件(くだんのごとし)」と書くようになった。         ●この絵図を張っておけば、家内は繁盛して厄病除けになり、一切の禍(わざわい)をまぬがれることができ、大豊年となる。まことに目出度い獣である。

:この文中の「件の如し」は、怪物「件」の記述がある江戸後期よりかなり以前から見られる文言だとのこと。また、広辞苑では、「件(くだん)」は件(くだり)に同じで、記述の一部分、前文に挙げた事柄、前の箇条をいう。「件の如し」は、いつもの、決まりの、例の、とある。

 

 

内田百閒の短編「件」

幻想文学56号r03

得体の知れない恐怖感を小説にしたり、一味異なるユーモアのある随筆を書いた内田百閒(ひゃっけん)の、「件(くだん)」という短編作品が右の本に載っています。

人間だった私(小説の主人公)は、「からだが牛で顔丈人間の浅間しい化物(=件・くだん)に、(たった今)生まれ変わった」ばかり、でも、「件は生まれて三日にして死し、その間に人間の言葉で、未来の凶福を予言するものだと云う話を聞いている」と、物語が始まります。

幻想文学56号(季刊)
1999年10月31日発行
アトリエOCTA

 


余談の余談・蛇足  鯱(シャチホコ)

余談ですが、鯱(シャチホコ)は、一般に城などの大棟の両端に火防・鎮火の守りとして置かれる棟飾りの一種で、魚の体と虎の顔をもつ架空の合成生物(キメラ)です。初めて見れば「こりゃなんだ像」です。その上、鯱という字自体が魚と虎で構成されていて、前述の「件(くだん)」の字が人と牛で構成されているのと同様です。

 

地上のシャチホコ(鯱)

地上のシャチホコr03左上から    (左右一対の片方)

 

笠上神社 千葉県銚子市笠上町
 靖国神社遊就館 東京都千代田区九段
目黒不動尊 東京都目黒区下目黒

 

熊本城・天守閣展示 熊本県熊本市本丸
上戸・日枝神社 埼玉県川越市大字上戸字山王
聖徳神社 長野県諏訪市茶臼山手長神社内

 

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