アンコール遺跡の聖霊獣

アンコール遺跡  9-13世紀に亘って栄華を極めた、クメールの王や民(アンコール王朝)によって建立された、巨大寺院や都市の遺跡。アンコール・ワットは、スーリヤヴァルマン2世によって、1113年に建設が開始され、ヴィシュヌ神を祀るヒンドゥー教寺院として30年を超える歳月を費やし建立された。アンコール・トムは、ジャヤヴァルマン7世によって1181年に造営が開始された大乗仏教寺院や王宮などの建築群で、アンコール・トム(大王都)の名が示すとおり、王宮を中心にしたひとつの都市。その後、このアンコールの寺院や都市を建立したクメール民族はこれらを放棄して忽然と消えてしまい、歴史上の謎とされている。1860年にフランスの博物学者アンリ・ムオによってアンコールワットが発見された。  (所在:カンボジア国 シェムリアップ)

アンコール遺跡で見られる聖霊獣として、 ①ガルーダ(聖鳥)、②ナーガ(蛇・竜)、③、④ハヌマーン(猿)、⑤シンハ(獅子) をとりあげました。なお、これらの聖霊獣は古代インド(ヒンドゥー教)神話や叙事詩(「ラーマヤーナ」「マハーバーラタ」など)にも登場するもので、アンコール遺跡だけではなく、ヒンドゥー教圏であった東南アジア諸国で広くみられるものです。日本には中国を経由して、仏教と共に入ってきました。日本に入ったこれらの聖霊獣に関しては別稿「アンコール遺跡の聖霊獣と日本(2)」をご参照ください。

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① ガルーダ(Garuda・ガルダ)

ガルーダ(ガルダ)は、インド神話の霊鳥で、東南アジア諸国で広く信仰され、タイやインドネシアでは国章とされています。日本では仏教に取り入れられて、カルラ、迦楼羅、金翅鳥(こんしちょう)と呼ばれています。ガルーダは、巨大な、鷲のような鳥頭で羽翼をひろげて脚足・爪を開く姿や鳥頭人身の姿で表現されます。インド神話では、ガルーダ(鳥族)はナーガ(蛇竜族)に勝ち、ナーガを好んで食べ、ヴィシュヌ神の乗り1-1001 ガルーダの紋章物とされています。

参考: タイ王国国章(左) と インドネシア共和国国章「ガルーダ・パンチャシラ」(右) – ウィキペディアより

 

象のテラスの「ガルーダ」と「ガジャシンハ」

アンコールトムの象のテラス:王宮前にあり、王族の閲兵などに使われました。高さ約3m、長さ300m以上。東側壁には象のレリーフが並び、中央側壁は、ガルーダとガジャシンハが交互に支えています。ガジャシンハはガルーダとシンハ(獅子)が一体化した聖獣。

1-1002 象のテラスガルーダA

1-1003  象のテラスガルーダB

 左:ガルーダ(ナーガ-蛇-を踏みつける) 中:ガジャシンハ(ガルーダxシンハ)  右:参考- シンハ(獅子)
1-1004 ガルーダとガジャシンハとシンハ
ホテルのロビーのガルーダ   
   1-1005 ガルーダ (ホテルロビーの像)

 

インド神話のガルーダ (要約)   

 ガルーダ(鳥族)とナーガ(蛇・竜族)は敵対関係にありました。

ガルーダは、ナーガ(蛇族)にだまされて奴隷にされた母親を取り戻すため、その条件としてナーガ(蛇族)が求めた、天界の不死の霊水・アムリタを天上の神々と戦って奪い取りました。

その帰途、ガルーダは、アムリタを求めるインドラ神(最強力な古代神・雷神・帝釈天)とも戦って圧勝、その強さに感服したインドラと友好を結びました。インドラと共謀して、ガルーダは天界から奪ってきたアムリタをいったんナーガ(蛇族)に渡して母親を救出し、インドラは蛇族がアムリタを飲む前に取り戻して、蛇族を出し抜きました。以後、ガルーダは宿敵の蛇・竜(ナーガ)族を食用にすることになりました。

また、ガルーダは、天界からアムリタを持ち帰る際に立ちはだかった最高神ヴィシュヌとも戦いましたが、互角で勝負はつきませんでした。お互いの力を認め合って、ガルーダはヴィシュヌ神から不老不死とヴィシュヌ神より高い座(地位)の授与を受け、自分はヴィシュヌ神の要請に応じて、ヴィシュヌ神の乗り物(ヴァーハナ)となりました。

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 ナーガに勝ったガルーダの像

左:ナーガに乗るガルーダ(アンコールトムバイヨン寺院) 右:ナーガ族を抑え込む(食べる)ガルーダ(ロリュオス遺跡群)1-1006 ナーガに勝ったガルーダ

ヴィシュヌ神の乗り物になったガルーダ

  象にのったまま、ガルーダに乗るヴィシュヌ神(アンコールワット)1-1007 象に乗ったまま、ガルーダに乗るヴイシュヌ神

② ナーガ(Naga)

ナーガは、コブラのイメージを基にした蛇・竜です。コブラの姿であったり、人の上半身とコブラの尾が一体となった人身蛇尾の姿であらわされます。強力な毒と共に脱皮する不死・回生の体(不死と生命力)を持つことから人々に崇拝され、河川・泉や地下の世界に住むとされます。繁栄、豊穣、治癒、田畑守護(農業神)などのご利益があるとしてヒンドゥー教圏だった東南アジア諸国で広くみられます。インド神話ではナーガ族(蛇・竜)はガルーダ(鳥族)と敵対関係にありました。アンコール遺跡のナーガは手のひらの指のような多頭の蛇として表現され、欄干とされているのも多いようです。

ナーガの欄干

ナーガ–ロリュオス遺跡群1-2001 ナーガA
アンコールワットのナーガ1-2002 ナーガB

1-2003 ナーガの欄干

 

③ 象

象は神聖な動物として大切に扱われる一方、神々や貴人の乗り物とされ、戦力として戦いにも参加させられました。

象の聖水を浴びて身を清めるヴィシュヌ神の妻ラクシュミー–バンテ・アイ・スレイ遺跡1-3001 象の聖水
象–アンコールトム・象のテラス(東側壁)1-3002 象のテラスの象
象に乗って行進・進軍–アンコールトム・バイヨン寺院壁画1-3003 象も行進A

1-3004 象も行進B


 ④ ハヌマーン(Hanuman)

ハヌマーンは、風の神ヴァーユから生まれた猿の神で、長い尾を持ち、神通力があり、空を飛び、体の大きさも自由自在に変えることができ、怪力の主でもあります。インド二大叙事詩の一つ「ラーマヤーナ」の中で、主人公ラーマ王子の家来として、魔王ラーヴァナにランカー島に連れ去られたラーマの妻シータを取り戻すのに縦横無尽の活躍を見せます。孫悟空のモデルとも言われています。

 ハヌマーン–バンテ・アイ・スレイ遺跡1-4001 ハマヌーン
猿軍と阿修羅軍の戦い(綱引き)–アンコールワット楼門の破風1-4002 猿の軍団の綱引き

⑤ シンハ(Singha/獅子・ライオン)

シンハは、獅子・ライオンのことで、宮殿や寺院などを守護する聖獣で、建造物の入り口やテラスで見られます。アンコールトムの象のテラスでは、ガルーダとシンハが一体化した聖獣ガジャシンハが見られます(上掲)。

シンハ–アンコールトム・象のテラス1-5001 シンハ(獅子)A
シンハ–ロリュオス遺跡群1-5002 シンハ(獅子)B

1-5003 シンハ(獅子)C

■■日本に入ったアンコール遺跡の聖霊獣に関しては別稿「アンコール遺跡の聖霊獣と日本(2)」をご参照ください。