日本に入った、ガルーダ(迦楼羅・カルラ)・ナーガ(蛇)・象

     ヒンドゥー教や大乗仏教圏の東南アジア諸国の聖霊獣やその信仰は、中国などを経由して、仏教と共に日本に伝来し、姿形を変えて各所で見られます。ここでは、アンコール遺跡(東南アジア諸国)の聖霊獣やその信仰が、日本でどのような形で受け入れられ、変容したかを「像の形状の面」から見てみました。

  アンコール遺跡の聖霊獣に関しては、別稿「アンコール遺跡の聖霊獣と日本(1)」をご参照ください

 

① 日本に入ったガルーダ(迦楼羅カルラ)

ガルーダは、日本では仏教に取り入れられ、迦楼羅(かるら)、金翔鳥(こんじちょう)などと呼ばれています。迦楼羅は、四天下の大樹に住み、火焔を吐き、悪竜を常食とし、金色の羽(翅)は広げると336万里ある巨大な怪鳥とされます。

日本での迦楼羅像は、興福寺の「鳥頭人身の立像」と三十三間堂の「横笛を吹く烏天狗のような姿の像」が特に知られますが、釈迦如来や千手観音の守護神とされています。また、迦楼羅の吐く火焔は、不動尊像の光背とされています。そして、迦楼羅の像容や特性は様々な形に変容して信仰されました。

A 日本にある、インド伝来のガルーダ像

ヴィシュヌ神を乗せるガルーダ像

 善光寺別院願王寺 名古屋市西区中小田井                                                GARUDA 迦楼羅 インドネシア・ジョク・ジャカルタ 天竜八部衆の内 1990 NOV

 

2-1001 願王寺のガルダ

B 甲冑姿の鳥頭人身の迦楼羅像

興福寺の迦楼羅像   興福寺 国宝館 奈良県奈良市登大路2-1002 カルラスケッチ

興福寺の甲冑姿の鳥頭人身の迦楼羅像 天平6年(734)に創建された西金堂本尊釈迦如来像の守護神として安置されていた八部衆の内の一体。

甲冑姿の立像の頭部(スケッチ画)                                                                                                                              頭頂部分は欠けているが鶏冠(とさか)があり、口は嘴(くちばし)になっていて、嘴の脇には鶏のように肉垂がある。

 

C 不動尊の迦楼羅炎の中のカルラ

 不動尊像で不動尊が背負う炎は、迦楼羅炎(かるらえん)といい、迦楼羅が吐き出す火炎です。これらの火炎の中には迦楼羅(鳥)の姿が刻まれているものもあります。

左:今泉不動尊(称名寺)神奈川県鎌倉市今泉 中:観音院(秩父札所31番)埼玉県小鹿野町飯田 右:金昌寺(秩父札所4番)埼玉県秩父市山田2-1003 迦楼羅炎 不動尊

上掲の興福寺の鶏のような鳥頭人身の迦楼羅像や不動尊像の迦楼羅炎の中の鳥(カルラ)から、不動尊のお使いは鶏(ニワトリ)とされたものとみられます。

                                          

D 烏天狗姿の迦楼羅像

三十三間堂の迦楼羅像は、千手観音の眷属、二十八部衆中の像で鎌倉時代の作。甲冑をつけて立ち、横笛(笙?)を吹き、嘴(くちばし)を有し、二翼で、烏天狗風の像です。 迦楼羅の石仏(石碑)は、上記烏天狗風の像に火炎光背を持ち、厄災疫病除け、病気回復、招福、雨乞いなどにご利益があるとして信仰されました。なお、密教では、迦楼羅は、娑婆世界を主宰する梵天・大自在天の神々が衆生を救うために化身したものといい、また文殊菩薩の化身ともいわれるとのことです。

左:蓮華王院三十三間堂京都市東山区三十三間堂廻町 中:本誓寺 石像東京都江東区清澄 左:十輪寺 石仏 埼玉県小鹿野町小鹿野2-1004 三十三間堂・本誓寺・十輪寺のカルラ仏

 

E 迦楼羅の影響を受けた飯綱権現の像

飯綱権現姿は、火炎を背負い烏天狗姿の不動尊のような像で、狐に立乗っています。不動明王の行法を身に着けた最高位の修験行者は、「火炎を背負った烏天狗が手に剣と縄を持って狐に立のる姿(飯綱権現姿)」とされました。この像姿の中、烏天狗姿は上掲の「三十三間堂の横笛を吹く迦楼羅像」などにみられるようなカルラの影響を受けたものとされ、狐に乗る様はダキニ天信仰が変容したものともされます。

左から、①飯綱権現-戸隠神社中社長野市戸隠、②飯綱権現-戸隠・光明院長野市戸隠、③秋葉権現-敷島神社埼玉県志木市本町、④道了尊-大雄山最乗寺神奈川県南足柄市大雄町、⑤高尾山飯綱権現-薬王院有喜寺東京都八王子市高尾町2-1005 飯綱権現像-烏天狗x不動尊x狐
                                          

F 成田山新勝寺の迦楼羅の木鼻

成田山新勝寺光明堂・カルラの木鼻 千葉県成田市成田2-1006 成田山光明堂・カルラの木鼻

 


② 日本に入ったナーガ(弁財天の蛇)

古代インドにおける川の神、サラスヴァティは水神、農業神などとして信仰され、川の流れのイメージからナーガ(蛇)が神使とされていました。サラスヴァティは、中国を経て、日本には当初は仏教の守護神として入り、日本の神道の宗像三女神(海上交通・水神)や宇賀神(農業・食物・財福神)とも習合して「弁財天」とされました。弁財天は水神、農業神、さらには財福、芸能神などともされ多様な願望をかなえてくれる福伸とされ、その神使は、サラスヴァティと同じく蛇・竜や亀とされます。さらに、その像容には「人頭蛇身」のものもあります。

弁才天の蛇                               

人頭蛇身像 左:木母寺東京都墨田区堤通 中:村中山観音寺神奈川県厚木市七沢 右:氷川神社弁財天祠埼玉県富士見市諏訪2-2001 蛇身弁天
神使の蛇 左:白蛇弁財天栃木県真岡市久下田古池ヶ淵 中:矢川弁財天東京都立川市羽衣町 右:光福院医王寺埼玉県三郷市早稲田
2-2002 弁財天の蛇
                                                   

③ 日本に入った象(仏門の象)

お釈迦さまは、白象の姿になって摩椰夫人(マヤブニン)の胎内に入り、摩椰夫人がルンビニー園で無憂樹(ムユウジュ)の花枝を手折ろうとした時に、右脇の下より誕生されたと伝わります。インドから中国を経て、仏教と共に日本に入った、このような伝承から、寺の門柱の上や門前に象が置かれています。象は仏教説話の中にもしばしば現れます。

仏門の像 左から ①瑞泰寺東京都文京区向丘、②白泉寺東京都豊島区巣鴨、③宝寿院愛知県津島市明神町、④瑞応寺愛知県豊田市堤本町下油田2-3001 仏門の象
                                             

④ 日本のハマヌーン(猿)と シンハ(獅子・ライオン)

猿の像は、日本でも、山王・日吉神社の猿、浅間信仰の猿、庚申信仰の神使の猿などとしてに数多くみられますが、東南アジア諸国のハマヌーン(猿)と直接関係があるかどうかは不明です。

シンハ(獅子・ライオン)は、オリエントや東南アジア諸国から中国を経由して、仏教と共に日本に入り、その後、日本独自の様式を持った「阿吽の狛犬」として、主に神社の守護獣とされています。狛犬の中にはライオン風の像もあります。


■■ アンコール遺跡の聖霊獣に関しては、別稿「アンコール遺跡の聖霊獣と日本(1)」をご参照ください。