山の神・田の神

農民の間には「山の神、田の神」という日本古来の信仰があります。(民俗学のテーマとして柳田國男が取り上げたものです)春になると「山の神」が里へ降りてきて、「田の神」となって稲の生育を守護し、稲の収穫が終わる秋になると再び山に帰って「山の神」となる、という信仰です。「山の神」「田の神」は具体的にその姿や名前がイメージされる(農耕)神ではありません。祖霊とか穀霊、水や木の精霊といったもので、古神道の原形みたいな信仰です。

山の神、田の神の姿・形などは見えませんので、身近な動物が、神になぞらえられたり、神のお使いとされました。「山の神」なら猿、狼(山犬)、猪、大蛇、熊などが、「田の神」なら狐、蛇などがその例です。また、「水の神」なら亀、蛇、龍、鰐などです。特に狐は、山の神、田の神の去来と同じように、春に里に現れて子育てをして秋に山に帰るので、ごく自然に神の使いと思われるようになり、農耕神(稲荷神)の使いとされました。(狐は稲荷神そのものとも見なされました)

 

山の神 (申八梵王・さるはちぼんのう)

都幾山慈光寺 埼玉県比企郡ときがわ町西平386

猿は、古くから、山の神、もしくは山の神の使いと信じられてきました。埼玉県最古の寺、都幾山慈光寺(坂東観音霊場九番の札所)に猿を浮き彫りした石碑があります。慈光寺一帯の山の神の使いとして、山と里を行き来していた猿といわれます。特に山に出入りする麓の人たちからは、「申八梵王(さるはちぼんのう)」と呼ばれて信仰され、親しまれてきたとのことです。

慈光寺申八梵王申八梵王

「申八梵王」は、烏帽子を被り、御幣を担ぎ、扇子を広げ持って、踊っているような軽妙洒脱な姿をしています。秋の収穫を祝っているようにも見えます。また、三番叟(さんばそう)を演じて五穀豊穣を祈っているのかもしれません。—-天明六年丙午九月十九日(1786)、 地元、雲河原村(現在のときがわ町大字雲河原)産出のことど石を彫刻したもの(奉納者、石工の銘なし)

 

 

伊吹山の山の神は「白猪」(古事記)と大蛇(日本書紀)

伊吹山の荒神とヤマトタケル

ヤマトタケルノミコトは、伊吹山に荒ぶる神がいることを耳にして、素手で退治してやると、草薙の剣をミヤスヒメのもとに置いたまま伊吹山に向かった。伊吹山に至った、ヤマトタケルは、古事記では「牛のように大きな白猪」、日本書紀では「大蛇」に出会った。実は、この「白猪」、「大蛇」は「伊吹山の荒神の化身」(=山の神)だったが、そのことに気付かないヤマトタケルは、「こんなとるに足りない神の使いなんか後で退治すればよい」と無視して先を急いだ。これに怒った山の神は氷雨を降らしたり、霧で道を迷わすなどしたので、ヤマトタケルは半ば心神喪失状態でよろけながらやっとのことで山を下ることができた。麓で、泉の湧き水を飲んでようやく正気を取り戻せた。(この泉を「居寤(いさめ)の清水)」という)。 でも、ヤマトタケルは、この時こうむった病がもとで衰弱して、大和へ強い望郷の念を寄せながら亡くなることになる。

伊吹山 滋賀県米原市上野ほか。滋賀県の最高峰(標高約1377m)。

伊吹山山頂には、白猪が祀られ、日本武尊像があります。

伊吹山の日本武尊と白猪r02#

 

 

田の神 (田の神さあ・たのかんさあ)

「田の神」が像容として表現されたのが、「田の神さあ(たのかんさあ)」と呼ばれる石像です。おもに、鹿児島県と宮崎県南部の田んぼやあぜ道などに置かれています。様々な姿・形のものがありますが、メシゲ(しゃもじ)、椀、鍬などを持ち、頭に甑(こしき)のシキ(わらの編物)を被った像が最も多いようです。敬(うやま)い崇(あが)める神としてではなく、五穀豊穣を願う気持から、ただそこに立って作物の生育や野良仕事を見守っていて欲しいと、農民が田畑の近くに置いた像です。「田の神さあ」は塞の神・道祖神と習合しました。また、頭にシキ(わらの編物)をかぶった「田の神さあ」は子宝・子孫繁栄の性神ともされています。

「田の神さあ」は、東京でもお寺の境内などでときたま見かけます。そのうちから二、三、を例示しました。

                                           写真をクリックして拡大写真をご覧下さい

① 臥龍山安養院(能仁寺) 東京都 品川区西五反田4-12-1安養院能仁寺田の神さ

 

② 東光寺 東京都目黒区八雲1-9-11

境内に驚くほどたくさんの「田の神さあ」が散在します。

東光寺の田の神さあr02#

 

 ③ 池袋水天宮 東京・JR池袋駅東口駅前公園 道祖神「田の神さあ」

「田の神さあ」は道祖神信仰とも習合しました。また、頭に「わらの編物」をかぶった「田の神さあ」は性神ともされます。背後から撮った写真〈下右)をご覧下さい。池袋・水神社 田の神さ〈正面と背後)r02##